【ポイント】
- ベンゼン環をジッパーでつなぐようなナノグラフェンの効率的な合成法を開発した。
- 新触媒反応でジッパーの留め具部分(起点)となる環構造の構築を実現した。
- 単一構造のナノグラフェンの短工程合成の実現や新しい機能性材料の開発に道を拓くなど、ナノカーボン科学への応用が期待される。
<研究の背景と経緯>
ナノグラフェンはナノメートルサイズの幅や長さを持つグラフェンであり、基本単位であるベンゼン環が多数連結した構造を持つ分子群です。これらの分子群は、その大きさや末端の構造に由来した優れた電気的性質を示すため、多くの電子機器に応用されるなど、最も注目される次世代材料として広く研究されています。しかし、ナノグラフェンの精密合成法はまだ発展途上の段階にあり、真に効率的な合成法が強く求められています。例えば、分子の数やつながり方を完全に制御しながら、基本単位のベンゼン環を連結することができれば、理想的なナノグラフェンの精密合成が可能になります。しかし、ベンゼン環を自在につなぎ合わせることは容易ではなく、構造が精密に制御されたナノグラフェンを合成することは困難でした。もし、構造を制御しながら、単純なベンゼン誘導体からこれらの分子群を合成できれば、新しい機能性材料の開発に道を拓く革新的な手法となり得ます。
ベンゼン環を連結していくためには一般に足がかりが必要で、これまで塩素や臭素といったハロゲン原子が広く使われてきました。例えば、1901年にドイツの化学者フリッツ・ウルマンが発表したウルマン二量化反応注3)では、ハロゲン原子を持つベンゼン環を“1つの結合”で連結することができます。しかし本反応で得られる1つの結合部位でベンゼン環が連結した生成物からナノグラフェン構造を作ることは容易ではありません。この例のように、単純にベンゼンをつなぎ合わせただけでは、目標とする構造のナノグラフェンを合成できるとは限りません。そのため、ナノグラフェンの精密合成の実現には、全く新しい形式のベンゼン環連結反応の開発が望まれていました。
<研究の内容>
本研究グループは、ベンゼン環が直線状に連結した分子であるフェニレンを「まるでジッパーで閉じる」ようにつなぎ合わせ、ナノグラフェンを簡便に合成する新手法を開発しました。鍵となったのはパラジウム触媒を用いたフェニレンの新しい二量化反応です。1つのハロゲンを足がかりとして、フェニレンを一度に「2つの結合」で連結させ、ジッパーの留め具部分となるトリフェニレン構造を構築します。続くショール縮環反応注4)によって、2つのフェニレンをまるでジッパーで閉じるようにしてつなぎ、ナノグラフェンを効率的に合成することができました。
この新触媒反応を用いた具体例として、市販されている単純なベンゼン誘導体から小さなナノグラフェン(C60H26)が簡単に合成できました。新触媒反応の一般性は高く、さまざまなフェニレン二量体が合成可能です。未知構造のナノグラフェンの実現につながる分子群として、ベンゼン環を10個持つ新しいナノカーボン分子、ナフタレンを持つナノカーボン分子を効率的に合成することができました。さらに窒素や硫黄を含む二量体分子を作ることもできました。炭素以外の元素も導入できるため、有機EL材料として有用なホール(プラス電荷に対応する、電子の抜け穴)を輸送する機能など、ナノカーボン分子に新たな機能を付与することもできると考えられます。
<今後の展開>
本研究は全く新しいナノグラフェンの合成法を提供するものであり、有機合成化学、材料科学、触媒化学に大きな進展をもたらすものです。本手法で合成されるナノカーボン材料を応用するとにより、曲げられる有機ELディスプレイの開発や太陽電池の効率化など、非常に幅広い応用が期待されます。
<用語解説>
注1)トリフェニレン
4つのベンゼン環からなる円盤状の多環芳香族炭化水素のこと。
注2)フェニレン
ベンゼン環が直線状に連なった分子群のこと(p-フェニレン)。
注3)ウルマン二量化反応
金属銅を用いて2つのハロゲン化ベンゼンを連結させる反応。1901年にドイツの化学者フリッツ・ウルマンによって報告された。
注4)ショール縮環反応
ルイス酸や酸化剤を使い、分子内でベンゼン環をつなぐ反応。1910年にスイスの化学者ロランド・ショールによって報告された。
注5)環化二量化
環構造の構築を伴って、分子2つが自身で連結すること。
http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/research/2018/02/Nanographene-Science.php